タスケツキ k27 6月11日
その日は気の滅入る、酷いどしゃ降りの雨であった。外を見れば、気分も自然と沈んでしまう水滴の冷たさと、窓を開ければやけに入り込む風の肌寒さを“彼”は同時に味わうことになろうとしている。
彼――本山純也(もとやま じゅんや)20歳。コンビニでバイトをしながら生計を立て、都内で有名な予備校に通う。所謂、彼は何処にでもいそうな浪人生である。
ナチュラルショートの爽やか思考の髪型に、顎には細々とした栗色の髭を薄く揉み上げに掛けて、万遍に生やしていた。
階段を駆け上がり、ドアを開けて入ると、彼が座る席は丁度窓際である。受講時間に少しでも遅れると残念なことにその場所しか開いていないのだ。
もっと残念なことを言えば、授業担任の教師が空気の入れ替えと生じ、何時でも何処でもと窓を開ける特性を持っていることである。更に今日に限って窓際は特に最悪であった。
全開になった窓からは多大に雨水が入り込んでくる。彼が気付かれないように教室に入り、座って教材を開くと、雨粒と風が、頬や帳面に辛く当たるのだ。
もちろん純也は堪らず書き取るペンシルの動きを止め、夏に日焼けした浅黒い手を即座に挙げた。
「先生、少しだけ窓を閉めても宜しいでしょうか?」
「ん? 今日は欠席だと思っていたが? ほう、遅れてきた癖に態度だけは一人前だな……えー本山くんとやら。本来、君の行為は授業妨害に当たるぞ?」
教師は教台にある学生名簿で、名前と顔写真をいちいち確認しながら言った。恐らく教師には学生の数はおろか、全部が全部、把握出来ていないようだ。
意地の悪いことに、この教師は顎をしゃくりながらわざとらしい笑みを零している。同時に純也の周囲から彼を嘲笑する声や非難した声、中には同情した声も微かに聞こえ始めた。教師は指し棒をトントンと持ったまま、窓を閉めらせる気はさらさら無いらしい。
時間を空けて、教師の皺の寄った薄い唇から嫌味が返ってきた。
「もう君はハタチなのだから、自分で判断くらい出来るだろ? 何でもかんでも先生にオンブに抱っこじゃいかんよ、小さな赤ん坊じゃあるまいし、なぁ?」
「そうですよね、どうも……スミマセン」
話すのが面倒なのか、純也は反抗的な態度を取ることなく頭を下げると、窓を閉めに掛かった。
閉めるとき、ふと、純也が窓の外を見やると、右手に花模様の傘を差し、桃色のトレンチコートを着た女性が、電柱の影に隠れて独り佇んでいた。
歳は純也より幾分か上の印象を受ける。
どうやらこの女は三階の純也がいるBクラスを見ているようだ。黒艶のある髪の毛が右目を遮るように垂れ、片方の左目が怪しくも不思議と綺麗に輝いて見える。
何故か彼女は純也のいる教室に向かって手を振っていた。多分に純也に向けてだろうか。
気付いた純也は乾燥した唇で軽く舌打ちをした。冷ややかな視線を目下にいる彼女に投げかけながら。
(また来てやがる。いい加減にしろよな……あの女ッ)
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